AI でゴミ資料を生み出し続けている気持ち

職場ではコパイロットを使っています。

コパイロットの有償版を使うことができて、エージェントを作ったり、こんなことできるんだと楽しく没頭して使い続けてしまうなんてこともあります。

確かに楽しいのです上司から言われた資料を用意して、すぐにコパイロットを使って良いものができて、パワーポイントの資料だってイメージこんなんですか?と出したりとかサンプルいくつか用意したりとか、確かにすごく短時間でできるんです。資料の量産ができます。資料を、量産しすぎている気持ちになります。

これ自体はすごいんですけれども、なんだか自分が AI になった気分です。上司から指示が来て、こんな資料作ってほしいと言われて資料をすぐに作ることができます。爆速で仕事してくれてありがとう。とかも言われてそれはそうなんですけれども。

なんだか自分が派遣社員の上位互換バージョンの AI なんじゃないかとか思ってしまうわけですね。指示されたことしかやらないわけです、単なる事務、高級な事務のような気がしてしまいます。そして作った資料だって別にそんなに使われるわけでもないし、1度ちらっと見てそれだけなんですよね。そんなゴミ資料を AI で作り続けてるんじゃないか?っていうような感覚です。これはこんなものなんでしょうかね。

これで慣れるのか?でも、これで電力がすごく消費されていて、 AI で渡しても AI で帰ってきたりとかして一体何なんだろうっていう?それこそまさにブルシットジョブ的な感じかと思う。これって自分の思考の癖なんだろうか?どんな仕事をやっていても、ブルシットジョブに感じてしまうという自分の思考の癖なのかも。

こんなもんなのかなと思いつつ、新しい仕事に慣れていっているわけです。自分でも在宅して会社から少し距離を置くと気持ちが楽な面はあります。でも、これから一体何を目標にするんだろうとか思うわけですね。だから大学院に行きたいなって今思ってる。この部署にいても絶対に昇進はしないだろうし、そういう人材としても扱われていないと思うんです。そういう時には自分がいかにこのポジションに留まるか、給料を下げられないかっていうことを考えちゃうわけですよね。

別にこうなりたくてなってるわけでもないんだけれども。自分の幸せとか本気で考えるよね。どう行きたいんだろう。ま好きに生きたらいいんだよ。ということなんだけど、ちゃんと自分で考えないといけない。ちゃんと自分で考えないで苦しいという世の中です。楽じゃないよね。こういう世の中なんだよね。自分自身が何を求めているか分かってるのと分かっていないのでは大違いであるよ。

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この記事を書いた人

英語、登山、旅行、考えること

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