自分に向き合うということに、とことん苦手意識を、持っていた私。
たとえば、就職活動のときも自分が何をやりたいのかとか、そういうことを突き詰めて考えるのが本当に苦手で。今まで頑張ってきたことは?という質問も本当に嫌い。頑張ってきたこと、つらくても乗り越えた経験、自分が生き生きとしていたこと、とか。そういう人生のハイライト的なものがなくて。
逆に、好きなことは見つからないからやっていくしかない、という考えのほうに共感する。
心配しても仕方ないから、まずは考えない、とか。何とかなるさ、とか。流れに身を任せよう、とか。そっちの考え方です。
だから、無理に向き合わなくてもよいという考え方もあるかもしれない。深刻に向き合い続けたとしても、気持ちが鬱々するばかり。
でもね。やはり人生を生きるうえで、自分に対する真摯さというのは、ひたむきさ、とかそういうのは、持っていても恥ずかしいことではないのではないか、と思ったのです。
一生懸命であることにある意味、カッコ悪さを、わたしは持っているのかもしれない。ひたむきにやって、周りの人はどう思うかなとか。でも、そんなのに振り回されるの、もういいんじゃない?と思うわけ。
自分の人生をとことん考えたら、こういう結論になった。とかね。例えば、尽くしてくれる女性を選ぶ野球選手。お金持ちと結婚することを選ぶ女性。それが打算的と思われるであろうことだけれども。自分がどう生きたいかということを真摯に、ひたむきに考えた結果、それを選んでいて、それを他人にとやかく言われる筋合いはないのだろうなあ、とは、最近思い始めましたね。
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