ひょっとしてありがとうの言葉が少ないから辛いのかもとか思った

何に喜びを感じますか?と言われてありがとうの一言ですという人が信じられませんでした

私は当たり前のことをやってるだけだし、仕事だからやってるだけだしありがとう」って言われたってふーんっていう感じでした。とか、そういう風に思っています。今でもだからありがとうって言われたって大したことやってないと思っていたんです。

しかしながら何か SNS か本か何かで見た。ありがとうの言葉少ないということ。ありがとう。って言われることは、ひょっとして自分にも当たり前にできてるけれども、他の人にはできないことに対しても感謝の言葉だとか認める言葉っていうのがあるのかなと思った。

ありがとう。って感謝もそうだけれども、その人を認めるっていう力があるんじゃないかなという風に思ったんです。ありがとう。ということは、その人は存在を認めるということ、やってくれたことに対する認めることという意味です。なんか最近そっけなくすること。ドライであること、時間効率を上げることにばっかり目がいって、その存在そのものとか、やったことに対するリスペクトというものが自分の中で欠けているんじゃないかと思ったのです。例えばチャットの返信でもグッドボタンだけで済ませる。メールが来ても返信しないとか。

ありがとうって、リスペクトなんだな。

ちゃんと、感謝を受け取ることは、自分ができていることを認めるということなんじゃないか?

自分がやって人から喜ばれることって、自分の才能なんじゃないか?それを否定することは、自分の才能を否定することなんじゃないのか?

ありがとうを受け取ることは、自分自身を認めること。自己受容につながるんじゃないか。

今までありがとうと言われて、そんなことでありがとうって言われたって…って思っていたけど。自分が大したことやってない、くだらない仕事しかやってないという自己卑下が入っていたことは、事実だなぁ…

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この記事を書いた人

英語、登山、旅行、考えること

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