最近、思うことがある。
私はもしかすると、何かを始める前から「うまくやろう」「かっこよくやろう」としすぎていたのではないか。
ちゃんと整理された資料を作らなければいけない。
無駄のない会議にしなければいけない。
参加者に意味のある時間だったと思ってもらわなければいけない。
リーダーとして、きちんと場を回さなければいけない。
そう考えれば考えるほど、逆に動けなくなっていた。
でも、本当は最初からスマートにやる必要なんてないのかもしれない。
むしろ、最初からきれいに整えようとするから、場に余白がなくなる。
完璧な資料や、完璧な進行を用意しようとするから、人が入ってくる隙間がなくなる。
そして、自分自身も「ちゃんとやらなければ」という思いに縛られてしまう。
会議は、かっこよくなくてもいい。
資料は、最初から完璧でなくてもいい。
議論も、最初からきれいにまとまらなくていい。
むしろ、泥臭くていい。
手探りでいい。
「まだ整理しきれていないけれど、まずは話してみたい」
「これで合っているか分からないけれど、皆さんの意見を聞きたい」
そういう始め方でいいのだと思う。
以前の上司を、「この人は、うまくやろうとしているから、カッコよくやりたいというのが見え見えだから、ちょっと周りが付いて言っていないのだよな~」なんて、偉そうにも思ったことがある。その罠に、自分も引っかかっているのかも。
泥臭くやったっていい。
少しくらい不格好でもいい。
最初から正解を持っていなくてもいい。
大事なのは、立派に見せることではなく、前に進めること。
人が関わる余白を残すこと。
そして、自分自身が「完璧にできないから動けない」という場所から、一歩出ること。
かっこ悪くていいじゃないか。
スマートじゃなくていいじゃないか。
スマートにやりたい、の罠だ。罠に引っかかって、動けなくなっているのだ。これも、一つの思い込みかな。
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