自分は全然余裕はないし、世界は残酷なものなんだと感じる

賃貸物件を探しながら思ったわけです。あー、家賃高いし、私は暮らせないよ?と。こんなに稼げることなんてないし。

それにしても私は随分とのんびりしてしまったようである。いつも思ってるけれど、わたしは相当にのんびりやだ。

世界はもっとせかせかしているし大変だし、自分はもっと頑張らなければならなかったのかもしれない。

不安だなって思うけれども、常に不安なものなのかもしれない。不安が消えないから今まで忙しくしてきたのだけど、ふと立ち止まっている今だから不安になるのか?不安は目に見えないんだし、不安に思っても仕方ないよ。

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以下、内田樹の言葉

ルーティンの最たるものは「儀礼」である。つねづね申し上げているように、だから家庭は儀礼を基礎に構築されるべきなのである。家庭を愛情や共感の上に築こうと願ってはならない。愛情や共感は「儀礼」についている「グリコのおまけ」のようなものである。あればうれしいが、なくてもどうってことないのである。

ということで、どんなに不安でもルーティンを大事にと。

ゲッターズの占いでは、私は今年は最悪らしいのだけど、それは自分の苦手なことから逃げていたことをやめて、今まで向き合ってこなかったものと向き合うからというものらしいすぎたかな。全く必死になってなかったな。一生懸命仕事してなかったら出ないかも。もっと必死になってもいいんじゃないの?もともと崖っぷちなんだから。自分はいままでそれなりにつらかったけど、その時に辛かったから仕方ない、としかやってこなかったなあ。

私はそんなにのどかなな世界には生きていないし、のどかそうに見えても実は残酷なんだっていうことをもっと認識すべきだと思っている。周りと比べてしまうのかも。優雅に泳いでいたとしても、水面下では足をバタバタさせてやる。そんな人ばっかりなんじゃないのかと思う。そんな気楽になんて生きられないよ。人生、楽しく楽に生きることなんてない。

詰まるところ、私に言えることはちゃんと仕事をしろということなのだ。1つ1つ問題に向き合うこと問題があるのかないのがわかんないけど。でも目の前にあること嫌だと言うんじゃなくて、ちゃんと向き合って紐解いていくしかないんじゃないのかと思います。いままで、嫌だからやらないというようにやってきたのかもな、、

それって今までは避けてきたことなんじゃないの。嫌だからって言って直感的にやらなかったけれども、目の前に来たらそれはもう分解してGTD にて、着々とやってって細かく分解して1つ1つ潰していく。それしかないんじゃないのと思う。あなたはそんなにのんびりしてる。世界には生きていないし、楽しいことだって。きっとないし、期待することも何もないから目の前のことやっていくしかない。

まあ、いままでこんなふうに生きてきたので変わることはできるかな。

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この記事を書いた人

英語、登山、旅行、考えること

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