ずいぶんと長い間、仕事に煮詰まっていたのです。いやだな~やりたくないな~と、ずっと思いながらここ数カ月過ごしていました。
できればスマートにやりたい、とかそういう気持ちがあったのかもしれません。プロジェクトマネジメントの手法を使いながら、とか最新の調査に基づいて、とか。こういうプロジェクトものを傍から見ていて、ダメダメだな~と外野として見てきたから、自分が当事者となって回す立場になったら、うまく回したい!という思いがあったのだろうと思います。
そういったプロジェクトは、傍から見ていると見切り発車で、情報発信が足りていなくて、指摘することはたくさんありました。しかしながら、いざ自分がその立場になると、できないものですねえ。。と思うのです。
スマートにやりたいから情報収集をしっかりして、資料だってしっかり作りたいしきれいに見せたいし、自分だったらうまくできる!ということを示したい、という思いがあったのだろうと思います。
結果としては、自分の中ではめちゃめちゃもがいたし、学びが多かったと実感します。
何に学びがあったかというと、まずは「ぐずぐずしているから、動けない、さらにできなくなる」のだということ。
完璧ではなくてもいいので、まずは決めていかなければ何もできないと、身をもって実感したのです。よく、走りながら軌道修正する、と言いますね。そんなことはわかっているしアジャイルであることを自分としても理想としているつもりでしたが、実際に自分がその状況にいると、どうしてもウォーターフォール型になってしまします。アジャイルに、走りながら修正していくということが、できずに完璧にしたいという思いがどうしても先行してしまうのです。行き当たりばったりも困りますが、考えすぎて動けなくて、自分の思考が停止したりずっとキャパシティーを取られている状況というのは、なかなかにネガティブなものだと思いました。
今回で言うと、3月にやることが決まって、4月にアンケートを取って、5月にアンケート集計して、会議を開かなきゃな~と思いながらうだうだと6月末に会議開催、というスケジュールでした。常に、「やらなきゃ、でもやりたくない。何なら、チームメンバーが誰かもしっかり見ていないし見たくもないし、調整を始めようともしなかった」です。作業興奮というものを利用して一気にできればよかったですが、どうしても「参加者がちょっと怖い、どう思われるかな、ネガティブに思っていないかな」という気持ちが先行してしまっていた。。。どうしても、「感情」に支配されているということを実感した次第。
あと、会議の前には、台本をチャッピーと一緒に作って それを声に出して練習した。準備無しの会議や司会進行なんてありえない!と思うようになりました。声に出して確認すること、文章にして論理性をチェックすること、準備10割の気持ちでいること、重要です。それでも、どうしてもやる気がでなくて当日朝にしかやらないのですが、本当はもっと前から準備する必要があると感じています。準備・イメージトレーニング、自分にとっては不可欠です。当日の流れに任せて、というのは私にとってはとても危険です。それが感情的な自分になることもあり得るかな、とか思うわけです。



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