風が吹いた時に、その風に乗っかれるようにする、という考え方

――「時」を読むという仕事の知恵

最近、「タイミング」というものについてよく考える。どれだけ正しいことを言っていても、なぜか全く響かない時がある。逆に、以前なら見向きもされなかった話が、ある時突然意味を持ち始めることがある。

私は今、社内のオフィスに関する従業員調査を行っている。どこに不満があり、何が働きづらさにつながっているのか。移転や働き方の変化によって、従業員満足度がどう変わっているのか。こうしたデータは、今の会社にとってかなり重要な材料になっていると感じる。

しかし、少し前だったらどうだっただろうか。おそらく、同じことを言ってもそこまで意味はなかった。上司や組織に問題意識がなければ、どれだけ正しい提案でも通りにくい。「正しいことを言えば人は動く」と思っていた時期もあったが、実際の組織はもっと複雑だった。

人や組織は、論理だけでは動かない。「聞ける状態」になって初めて、言葉は届くのだと思う。タイミングとは、偶然ではない私は以前、「チャンスを掴む人」というのは、運がいい人なのだと思っていた。でも最近は少し違うように感じる。波が来た時に乗れる人というのは、実はその前からずっと準備している人なのではないか。普段から問題を観察している。小さな違和感を記録している。考え続けている。言葉にしようとしている。だからこそ、風向きが変わった瞬間に動ける。逆に、何も見ていなかった人は、波が来てもそれが波だと気づけない。タイミングとは、「待つこと」ではなく、「来た時に動ける状態でいること」なのかもしれない。

東洋思想には「時を見る」という考え方があるらしい。

こうした感覚は、調べてみると東洋思想にも近いところがあるらしい。たとえば『易経』には、「時中(じちゅう)」という考え方がある。その時に最も適した行動をする、という意味だ。冬に種をまいても育たないように、どれだけ正しい行動でも、「時」が合っていなければうまくいかない。また、『孫子』では「勢(せい)」が重視される。個人の力だけで押し切るのではなく、流れや空気、状況を読み、勝てる形を作ってから動く。そして老子の「無為自然」も面白い。これは何もしないという意味ではなく、無理に押し通さず、流れに逆らわず、自然な働きに沿って動くという考え方だ。こうした思想を読んでいると、「正しさを武器に戦う」というより、「流れを観察し、時が来たら動く」という感覚に近いのだと思う。

組織も、人間関係も同じなのかもしれないこれは仕事だけではなく、人間関係でも同じだと思う。どれだけ正しい助言でも、相手が疲れている時、防御的になっている時、こちらを信頼していない時には届かない。

逆に、「この人は自分を否定したいわけではない」と感じられた瞬間、同じ言葉でも受け取られることがある。だから本当に大切なのは、「何を言うか」だけではなく、「いつ言うか」「どんな関係性で言うか」「相手が聞ける状態か」なのだと思う。波が来た時に動ける人でいたい最近、「タイミングを掴む」という言葉の意味が少し変わった。

以前は、偶然訪れるチャンスを逃さないことだと思っていた。でも今は、普段から観察し、考え、準備し、小さく動き続けること。そして風が吹いた瞬間に、一歩踏み出せること。「波に乗る」ということなのではないかと思っている。

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この記事を書いた人

英語、登山、旅行、考えること

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