真面目に働いてしまったがために、今こんな状況になっている。
もっと適当に働いていれば、
上司の言うことに反抗していたら、
周りとうまくやっていなかったら、
変に会社に迎合していなければ、こんなことにはなっていなかったのに。
そんなふうに思えてしまっている今の状況、これは私が不満を言い過ぎでしょうか、、愚痴りすぎ?
もっと感謝すべき、給料もらっているじゃないの。
休みも取れていて自由にやらせてもらっていい状況じゃないの。
この2つの感情というか意見というか、その相反するものが拮抗している状況です。
でも、もうそんなに我慢しなくていいんじゃないの?と思う。
この仕事にアサインされていて、向いていないなりにへばりついて合わせて、苦手な飲み会にも参加して、毎日出社して、周りの面倒も見て。
でも…
それって誰が求めていたんだろう?
とふと思うのです。
だれが、出社して欲しいって言った?気を遣ってほしいって言った?
会社の基本方針が出社だから出社していた、一応は人に見られる立場だから、出社していた。
気が付いたからそっとサポートした。
でも!誰がそんなもの止めていた?基本出社って言ったって、だれも出社してないじゃん。自分の自己満足で出社していただけじゃん、それで不満にストレスに感じてきているなら、自分が馬鹿だったなあ、って感じ。それで自分が疲れる必要なんて、あるんだろうかと。
働かないもの勝ち、そう思っている人って実は多いんじゃないのって思う。
働くことを美徳としている自分がいるけれども、そういうのも違うんじゃないのって。価値観の変化、年齢によるもの、時代、とかあるんだろうけれども、自分の考え方も柔軟にするしかないなと思う。
テレビでチラッと見た、岩崎大という大学の哲学者。「努力をすることを評価する」ことは、辞めた方がいいとのこと言っていて、今までの考え方と真逆。なんというか、全て時代なんだろうな。よく、どんなに良いものを作っても、どんなに良いアイデアを持っていても、「時代が早すぎた」ということがある。そして、時が経ってから時代がそれに追いついたとかいう。
そういうものなんだな。
良いものも、マーケティングがうまくいかないとどうにもならないと。
そういうのもマーケティングなの?とおもいますが笑
適切なものを、適切なタイミングでと。
出社している方が偉いとか、ちょっとは評価される、とかある。その時はそれが正解だった。
それもわかった上での打算もあってやっていたものでしょう。
でも、そういうのが嫌になってきたというのが、今の私のキブンってわけ。
って、ただの時代についていけてない人になりつつあるのかもしれません。
でも、嫌なことは嫌なのよ。
いつも出社していてかわいそうとか言われているのであれば。
出社しなければならない業務だとか、思うのであれば。もう私はわがまましてやるぜ、と。
結構頭にきているんじゃないの。
反抗期。
会社でなにか良い待遇をいただけるわけでもなさそうで、希望もなさそうなので。
頑張ってきた自分が馬鹿みたい。
そして、成果出してないくせに、それを頑張っていたと思う自分が馬鹿なのです。
だれも評価していないのに、
それを誰かが評価してくれると思っていた自分がすごく情けないのです。
だったら、ラクしてやる。働いていないもの勝ち、働かないもの勝ち。
そんなことを思われ始めたこの会社は、それこそ終焉の始まりかな。
反動が来そう、今後一切の社内イベントでないとか、出社しないとか、なりそう。
だから、何事もほどほどにしておくのがいいのだ。かわいさ余って憎しみになるというのはこのことだ。
そして。そうやって毎日馬鹿のように出社するしか脳がないと思っている自分をやめよう。
それしか私は貢献することがないから、
能力がないから、
体力しか取り柄がない人間だからと自分を卑下するのはやめよう。
ちゃんと自分の勝ちを出せることをサボらずに磨こう。
辛くないように、嫌なことをやらないために。
そう、嫌なことを今後 金輪際、やらないために、能力を高めていかなきゃならないのだ。やりたくないことをやらないために、わたしは強らねばなのだ。
弱そうで強くなる、ということをする。
って、結局働くのね?働くのが好きなのね。そういうの違うよねって、多分、また一周回って思うのだろう。それでも。
へそ曲げてるわたし。
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