レアジョブを継続していくことは、目指している景色を見れるようになることだ

語学はスポーツだ。
よく聞くフレーズだ。聞き飽きた。

でも、真実だと思っている。瞬発系のものではない、持久系のスポーツだ。トレーニングは毎日、繰り返すことが大事。Practice、Practice、Practice。多分、たくさんの研究がされているだろうから、そういうのも、調べてみたいけれども、運動のようなものだというのは、私の経験と実感として主張したい。

日々走ることは僕にとっての生命線のようなもので、忙しいからといって手を抜いたり、やめたりするわけにはいかない。

”村上春樹 「走ることについて語るときに僕の語ること」”

何度目かわからないほど読んだ村上春樹のエッセイでの言葉だ。

『英語はわたしの生命線』そのように言うにはお粗末すぎるわたしの英語力だけれども、かけてきた労力や時間や費用を考えると、どう考えたって頑張ってきたことの一つだ。生命線なのだ。そして、それを自分は大切にしなければならないのだ。

一瞬の、めんどくさいという理由で、離してはいけないのだ。一度つかんだら。そして、それを維持するためには継続的なトレーニングが欠かせない。

どんなにそれが分かっていても、人は楽な方に流れるから、やらなくてもいいならと、やらなくなる。そうすると、うまく口が回らなくて、練習してないとだめだなと、思って。その繰り返し。実感する、自分の至らなさや未熟さなど。



というわけで、どんなにやりたくなくても、毎日レアジョブで、フィリピン人の方と話すことはやったほうがいいと思うの。

文法はめちゃめちゃ?準備できてない?疲れている?

・・・でも、業務で英語を使っている人は、どんなに準備ができてなくても英語を使ってるのだよね。わたしが全く英語をしゃべっていない間にも、どんどん上達している人はいて、わたしはどんどんおいて行かれている。今が楽だからと言って、やらないと、どこにも行けない。

私が席でじっとしている間にも、海外と会議している人がいるのだよ、海外出張している人がいるのだよ、英語で資料作成している人がいるのだよ、英語で上司と会話している人がいるのだよ。「あー疲れた、あーダルい、こんなときに英語で会議なんてできないよ、英語しゃべる気分じゃないよ」とか言っていても、業務だから強制的に英語をしゃべらなければいけない人がいるのだよ。そして、その間にどんどん経験値がたまっているのだよ。それは、レアジョ25分の何倍もの価値があることになりえる。

大変なのだろうけれども、羨ましいな、いいよなあ、って思う。

業務負荷がかかるといいながら、英語で業務ができるひとたち。親指加えて、うらやましく見ているわたし。悔しいよね。それが本音。こんなことを書き出すのは恥ずかしいけれども。

本日のレアジョブも、不完全燃焼のまま。だけれども、続ける。少しずつでも。言い訳してないで、やるしかないのだ。だって、悔しい思い、したくないもの。かれらがどんどん成長している間に、わたしも成長したいもの。

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この記事を書いた人

英語、登山、旅行、考えること

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