見た目にかける、少しの手間と費用と時間と。

RMKのアイシャドウと、フェイスパレットとか購入。

https://www.rmkrmk.com/ja/categories/colormakeup/eyecolor/p/4973167513804

https://www.rmkrmk.com/ja/categories/collection/p/4973167535790

2つ合計で14,080円。

買ってしまった~ちょっと衝動買い気味だったけれども。平日の昼間にRMKのカウンターへ行き、相手をしてくれた人が親切で好感が持てて。そういう時間が大切だなとか、最近は思うことになっている。

RMKは、なんとなく肌荒れ確率が低いし日本オリジンだし、選ぶことが多い。

外資系のブランド物も見ていて楽しいけれども、ありすぎて選べないし。

★★★

この年になり、とりあえず「ちゃんと自分に手間をかけている感じ」というのは必要なんじゃないか?とか思うようになる。

実際に、きれいになるか、美しくなるか。それももちろん重要なのだけれども。

清潔感があるか、TPOにあっているか、だめな生活してないか、という社会性を示す道具としての身だしなみを整えるというところだろうか…

メイクの役割はそういったところが大きいのかな。

わたしは、化粧をしていてもすっぴんかといわれるくらいの薄顔なので、まあ、化粧してますアピールができるくらいにはできればと。


すっぴんでももちろんいいんだけどさ。
そして、すっぴんで美しいのがそりゃ、一番いいのだけどさ。

会社にいるときに、とりあえずまわりと同じ感覚を持ち合わせていますよ、というサインを発するため外見やメイク。コミュニティの一員ですよ、という合図。

だから久々に、アイシャドウパレットを買ったりして、メイクをちゃんとしようとか、おもったのだ。メイクは楽しいと思うこともあるけれども、毎日ではない。

センスがあるとかおしゃれとか、実際に美しいかとか、そういうので乗り切れるもんじゃないと、最近になって思い始めたね…丁寧に塗っているかどうか。
生命力だけで、雑な生活していてもバイタリティーで周りが可愛がってくれるとか、そういうのはもうないと思うの。

というわけで。

アイシャドウやマスカラをして実際に目がぱっちりするかどうか。ということではなくて。

アイシャドウやマスカラをして、自分の顔に少しは時間をかけていますよ、そしてその余裕がありますよというサインを発する。

だから、洋服もくたびれたものは着ないようにしようかなとか、会社に着るものは清潔感第一で選ぼうかな、とか。

そういうことを考えるようになったのだ。

洋服とかメイクとか、そういうのは自分の好みである前に、発するサインである。きっと。

自己表現の一つにもなり得るから、どのような服を着ているかでどのような人か、想像することができる。だから、興味がなければ無難な格好をしておけばいいのだ。

興味がないというサインを発するし、おしゃれであればおしゃれであるというメッセージを発している。

せめてビジネスしていますという、メッセージを発するような服装でいたいのだけれども。

そんなことを考えていたら、鷲田清一を思い出した。

ファッションの哲学、読みたくなったけれど、それはまた今度。

これも気になる。

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この記事を書いた人

英語、登山、旅行、考えること

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