緩やかに死にたいって、めっちゃ分かるわー!!!
日々の幸せに喜びを感じれたらどんなによいか、と深井龍之介さんは言う。そうか、日常のことに、小さな喜びに、幸せを感じられないのね。だからビジネスやる、行動する。生きづらさを抱えてきてもがきながらやっている。
そう言う人いるんだ、と思いながらこの動画をみました。そうなんですよ。
死にたくても死ねないし、だからといって日々漫然と過ごすことができない。だから、起業するしかないと。サラリーマンできないな、ベンチャーでもイマイチだな、とおもったから起業しかない、さらに人文領域にしか興味が持てないから人文で起業、という人生の深井さん。
普通に凄い人のはずなんだけど、この人もがいてるんだなとわかった。
私がこの動画を見て思ったこと。それは、スマートになんか生きなくていいんだなとということ。もがいて、生きづらくて、死にたくて。それでもやっているという。そこではたから見たら成功しているひと、そうではない人、というのがあるのかもしれないけれど。ある種こういうふうにしか生きれないあり方というのかな。開き直りという表現が良いのかはわかりませんが、もうこういう生き方しかできないのよ!!!っていうことね。
わたしは何やりたい?って言われたら実は死にたいって最近も言おうとしていたことあるけど、それなんですよ。本当にそのとおり。死にたいですよ。
死にたくないって思える人生だったらいいけれども。でもそんなふうに思えない。早く緩やかに死にたいって、本当にわかる、私もそうです。
しかしながら、私たちは、残念ながら、生きなければならない。
傍から見たら中二病ってやつか!って思われそうだし、本人も自分が言っていること本当に伝わらないって言っている。びっくりするほど伝わらないと。でも、もがきながら伝えるしかないって。
このポッドキャストを聴いて思ったのは、日々の幸せだけでは、満足できないよねと。足るを知る、とか欲望は無限とか、そういう文脈でいうとは違うと思うのだけど、だからこそ
わかるー!と思うのは、クライアントに喜んでもらうのがモチベーションにならない、ということ。それ、わたしよ!!!ありがとうと言われても全く嬉しくないの。それは色んな人に言っていることだけど、本当にありがとうと言われることが、まったくモチベーションにならないのですよね。仕事だからやっているだけなのにって思っています。それっておかしいのかと思ってきたけれども、深井さんもそうなのですって。深井さんは、だから苦しんだ、と言います。わたしも多分、それで苦しんでいるのですね。こう言われると喜ぶよね、と用意されているものに喜びを感じていない。でも、それでいいんじゃないかと思えるような内容でした。
深井さんは、自分は一種のサイコパスなんじゃないかとも言ってましたけどね。わたしはサイコパスかしら?わからないけれども、周りの人をサイコパスだと騒いでいた時期もあったくらいだからきっとそうではないでしょう。
人生に、世界に絶望しているってさ。でも、それでも、もがきながらでも生きていかなければならないから。かっこ悪くても、見苦しくても、生きていかなければならない
人はパンのみで生きているにはあらず、とはよく言ったものです。生きている実感が、人によっては切実に必要なのです。安全に暮らしていて、収入があって、家族がいればいいじゃない、それで十分じゃない、という。はい、その通りだし、わたしもそう思います。それに何が不満なのか?と。
でも、命を削ってでも、燃やしてでも、生きる理由を欲している人はいるのだな。これをしていないと生きている意味がないということは、あるいみものすごく切実なことなんだ。わたしにその切実さがあるか?といわれるとそこまでないし、なににそんなに一生懸命になれるかわからないけれども、とにかく。幸せというのは人には測れないし、命を燃やしたい人もいるし、だからそんなの人が決めることができるものではないのですね。
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