トム・クルーズのための、トム・クルーズによる映画
ついに劇場で観てきました、シリーズ最新作『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング 』。
「シリーズ完結に向けた大作」と聞いて、封切り前から楽しみにしていた一作でしたが、観終わった後の正直な感想は──やや肩透かしを食らったような、複雑な気持ちでした。
終始、何と戦っているのかわからない
まず最初に感じたのは、「敵の正体や脅威の本質が曖昧だった」という点。今作ではAIや情報制御といった現代的なテーマが扱われているのですが、それがあまりに抽象的で、ストーリー全体の焦点がぼやけてしまった印象です。
「結局、何と戦っているの?」
「なぜこの行動が必要なの?」
そういった根本的な問いが頭の中をぐるぐると巡り、せっかくのスピード感あるアクションや緊張感が、どこか表面的に感じられてしまいました。
前作の記憶があいまいだったことも大きい
実は、前作『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』の内容をあまり覚えていなかったんです。
おそらく、そのせいで今回登場するキャラクターたちや、物語の背景にある人間関係、前提知識を把握しきれず、置いていかれる感覚がありました。
シリーズの醍醐味のひとつでもある「おなじみの仲間たち」が再登場していたようなのですが、誰が誰だったのか、過去にどういう関係だったのかがピンとこず、感情移入が難しかったのも事実です。
正直に言えば、「ちゃんと前作を見直してから観た方がよかった」と反省しました。
トム・クルーズは本当に“かっこいい”のか?
そして、やはり気になったのが「トム・クルーズ感の強さ」です。
もちろん、彼の年齢を感じさせないアクションには感嘆しました。特にバイクでの断崖ジャンプや列車の上での格闘シーンなど、見せ場はしっかり用意されています。
でも、どこかで「これはトム・クルーズが“頑張っている姿”を観る映画なんだな」という気持ちになってしまったのも事実。
本人のプロ意識の高さや映画にかける情熱は疑いようがありませんし、そこに感動するファンも多いはずです。
ただ、今回はその“凄さ”が前に出すぎていて、「物語」や「キャラクターの心情」が置き去りになっていたように感じられました。
「かっこよさ」を押し出しすぎた結果、少し押しつけがましさを感じてしまったのかもしれません。
前作の方が楽しめた、という正直な気持ち
やはり、『フォールアウト』や『デッドレコニング』の方が、ストーリーにまとまりがあり、テンポも良く、観ていて「乗れる」感覚があったように思います。
今作は「PART ONE」ということで、完結せずに終わる構成だったこともあり、盛り上がる前に幕が下りてしまった感じが拭えません。
これが「後編へのつなぎ」として必要な構成なのは理解できますが、一本の映画としてはやや物足りなさが残りました。
それでも、シリーズを追い続けてきたからこその期待
ここまで率直に書いてきましたが、それでも私は『ミッション:インポッシブル』シリーズが好きです。
だからこそ、今回の内容に少しガッカリしてしまったのかもしれません。
それでもなお、次回作=完結編に向けて、「ああ、やっぱりこのシリーズを観続けてきてよかった」と思える展開を期待したい気持ちは変わりません。
次はしっかりと前作を復習してから、心して観に行こうと思います。
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