徒労感と反省(と、その教訓)

仕事の反省。ものすごい徒労感とその反省を記しておこうと思います。

ずばり、「今日一日、何をやっていたんだろう?なにをそんなに悩んでいたんだろう?なぜ手が止まってしまったのだろう?なんでそんなに、もたもた、動けずに考えすぎてしまったのだろう?本当にくだらないわ・・・」と言うものです。

それは昨日のことで、寝たから気分は回復したけど、その日はなんとも言えず疲れて時間を無駄にして私は一体何をやっていたんだろうという気持ちに苛まれました。

具体的に悩んだ点は2つ。

・社内ポータルサイトへの掲載文面とタイミング

・送別会のプレゼント選び

まったく、ほぼ本質的に自分の仕事でないところでこんなに悩んでいる。

けれども、本質的な仕事が自分にとってはチョロくできるから、こういう雑用が回ってくるのかな。

チャッピーに聞いたところ、いくつか回答をもらいました。

・判断基準が曖昧だから悩むのだ。作業については、型を作って作業化する

・曖昧なことをやっているストレス、正解がない、判断基準は共有されていない。→仮ルールを作るのがいいのでは?

それにしても、すごく徒労した1日でした。さまざまな情報を受け入れていると、こうなるのかな。考える、判断を先延ばしにする、ということがなかなか脳に負担がかかると言うことを実感しました。

後から振り返ると何やっていたんだろうと思うのですが、当事者としてその場にいると脳の情報処理で頭が疲れるのかな。そして、疲れているからこそ、どんどん自分に自信がなくなってくるのである。

自分はうまくやれているのかな、迷惑かけているんじゃないかな、ポンコツなんじゃないかな、間違っているんじゃないかな、とかね。

そもそも、誰もそんなこと言ってないのに、ただ、勝手に悩んでいるだけと言うこともあるのです。不安だったり悩みだったり、目に見えないし誰かに言われたわけでもないのに、自分自身が作り出しているだけなのです。

そこらへん、もっとすっきりとして、別のことにリソースを割くべきだと思うのだよなあ。

できることは限られているし、全てはできないし、ないものはないし、今から変えられることと変えられないことはあるし、今まで生きてきた自分の人生は変わらないし、自分の才能や能力もあるし、大事にしたいもの、そうでないものもあるし、どう言う生き方をしたいか、どういう生き方をしたくないか、とかもありますし。

オリジナルな人生とか、オリジナルな生き方とか。わたしはこうだ、誰がなんと言おうと、私はこう言う人間です、それは人間の尊厳にも関わることだし誰にも侵害されるものではないのだ、と自信を持って常に思っていることができれば良いですけどね。周りの環境も変わるしさ。周りの目を見てびくびくとしていなくてもいいんだけどな。どうしても人目や評価が気になるところから抜け出せていない、ダサいやつだな、わたしは。とか、思ってしまったわけでした。

で、つまるところの、そんないけてない日の教訓は何か?というと、

・何事もさっさとやる!!!(社内案内とか回覧とか、さっさとやればいいのに、タイミングが・・・と手元で温めすぎである。だから、タイミングを逸してさらに迷うのです)

・ベストなことができればいいけど、時間の制約もあるので、判断基準を決めてその中でのベストを尽くすと言うことにしよう。なににベストを尽くすべきか、種類は見極める。社内の非公式イベントに、そこまでのベストを尽くすべきなのか?時間をかけるべきなのか?ということです。完璧を目指さない、ということはそ言う言うことなのではないかな?判断基準をきめること。

それにしても、給料を上げたい、給料が上がるところに転職したいしお金をもっと稼ぎたい・・・

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この記事を書いた人

英語、登山、旅行、考えること

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