出生率の低下について個人的な雑感を言わせてもらえれば・・・

色々な人が、出生率の低下について話をしています。政府も、民間も、コラムニストとか、経済アナリストとか。人口減少を止めるには(というのも、人口減少が国力低下に直結するから)人口を維持しなければならないから、出生率を上げなければいけない、そういうことだよね?

さて、そういうのを聞くたびに、本人たちがどう思うかということについて反映されていないなあとおもう。自分がマジョリティであるわけではないけれども、私に限って言えば、なぜ結婚しないか?なぜ子どもを産まないか?というところですね。

社会的な制約が外れているから、産まない。

きっと今までは、子どもを持たないといけない、地域で生きていくためには子供がいないと生きていけない、結婚するようにセットされていて、結婚したら子どもを産む、みたいなものがあるから、子どもを産んだのではないかな?だから、別に努力して子どもをつくろうとか、そういうのもあったのかもしれないけれども、多くの人にとってはそうでない。

でも、そういうのがいやで、今の社会になったのだよね。つまり、結婚していなくても責められない、子供がいなくても文句言われないという社会を、頑張って作ってきたのだ、先人たちが。それはそれは、窮屈な社会だったでしょうに、そういうものから解放されたくて今の社会になったのだよ、きっと。きっと人は、結婚もしたくないし縛られたくないというものがある。

がしかし。人間は社会的動物であって、共同体から逃れることはできないのです。共同体で生きていくためには、結婚していた方が、子供がいた方がずっと有利なのではないか、生きやすいのではないかと思うのです。それって、大学に行った方がいいか、それとも行かないほうがいいかという話とちょっと似ているところがあるのではないかと思っていて。例えば、大学に行く必要なんてないよ、っていう人がいる。これからは学歴なんて役に立たないから、大学に行ったって、時間の無駄だよっていうのです。そういう人もいるでしょう。でも、ほんの一握りの人間なのではないですか?結婚だって多分そうなのです。結婚しなくたって幸せになれる、というのはそのとおりなのでしょう。でも、それって、限られた人間だけなのかも。お金があって、一人でも生きていけるメンタルを持っている人。多くの人にとっては、それはハードな道を歩むことになるんじゃないかな。なんというか、一つのライフハックとしての結婚、ということになるんじゃないかと。大学だって、行っても行かなくてもというところかもしれないけれども、行っていないというよりは、行っておいた方がその後の人生が歩きやすいというのはあるかもしれないよね。ライフハックとしての大学。ライフハックのための結婚。大学まではレールができているけれども、結婚からはなかなかそうはいかないというのもあるのかも。

まあ、あとはやはり好きな人がいてもそれと結婚とは結びつかない、とかはあるかなあ。子どもを一人で育てるというのはやはり難しいから、一人でそだてるということも選択肢にはならないし。イーロンマスクが精子を提供して子どもを作るなんてことをやっているみたいだけど、そんなのが普通になれば選択肢に入ったりして、というのはあるのかな。人って自由にさせて思い通りにはならないものよね。そして、何が幸せなのかというのなんて、わからないもの。若い時は。大学を選ぶみたいに精子を選んで、子どもを産む、とかになったら面白いね。生活費も関係なく生活が保障されているなら子どもを産むとかもありだけど。政府もそこまでは本気じゃないのよねえ。私だったらどうするかな。子どもを産んだら一生安泰、とかだったら産む?わからないね。

でもさ、これだけ温暖化を止めようとしていて、しかも人間の活動が温暖化に影響があるというのに、子どもを増やそうなんて思うのは、随分と自分勝手な話ではないか?と思うんだけどな。人類はこのまま滅びていく、ということにするのであれば子どもはいなくてもいいんじゃないかと思うけど。人間について、考えることは多いなあ。

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この記事を書いた人

英語、登山、旅行、考えること

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