私は結婚しました。
そう言うと、たいていの人は少し驚いた顔をする。私自身も、いまだに驚いている。まさか自分が、こんなふうに結婚という言葉を自分の人生の中で使う日が来るとは思っていなかった。
しかも、ドラマのような大恋愛をしたわけではない。長年付き合った相手がいたわけでもない。誰かに背中を押されたわけでもない。むしろ私は長いあいだ、結婚とはなるべく距離を置いて生きてきた人間だった。
それなのに、ある時期を境に、人生は急に動き出した。
今振り返ると、その発端は恋愛ではなかった。仕事だった。もっと言えば、一本の打診だった。
海外に行かないか、という話が出たのだ。
行き先はとあるアジアの国だった。
海外に行くことそれ自体は、嫌ではなかった。むしろ、行けるものなら行ってみたいと思っていた。しっかりと希望していた。私はずっと、どこか別の場所に行きたいという気持ちを持って生きてきた気がする。違う言語、違う空気、違う働き方。日本での毎日に決定的な不満があるわけではないのに、それでも、ここではないどこかに自分の席があるかもしれないと想像する癖があった。
だから、海外の打診が来たとき、私は一瞬、胸が跳ねた。
けれど、話を聞いていくうちに、仕事内容が自分のイメージしていたものとかなり違うことがわかった。私はもっとこういう仕事だと思っていた。もっと自分の経験が生きる形だと思っていた。けれど、実際に提示された内容は、私の想像していた未来の延長線上にはなかった。
そのときの私は、仕事の説明を受けながら、頭の中で「海外に行くこと」と「その仕事をやること」を分けて考えることができなかった。海外に行くことは魅力的だとしても、仕事が違うなら違う。そう判断して、私は断った。
断ったその日は、正しい判断をしたと思っていた。
無理をして行っても仕方がない。自分が納得できない仕事なら、行った先で苦しくなるだけだ。そう自分に言い聞かせたし、たぶんその時点では本当にそう思っていたのだと思う。
後悔が来たのは、一か月ほど経ってからだった。
きっかけは、別の異動先が提示されたことで、自分の中でなにかあきらめというか道がないというか、そういう気持ちがあった。別の関係者と改めて話をしたことだった。あんなに早く、きっぱり断る必要はなかったのではないか。もう少し話してみてもよかったのではないか。そう思い始めた瞬間から、後悔は一気に膨らんだ。
私は自分のことを、ひどく馬鹿だと思った。
なんて間違った決断をしたんだろう。せっかく来たチャンスを、自分の手で捨ててしまった。人生というものは、流されるがままでもいいから、来た話には飛び乗ってみるべきだったのではないか。あのとき断らなければ、今ごろ私は、韓国に行く準備をしていたかもしれないのに。
チャンスの女神には前髪しかない、という言い方がある。掴めるのは目の前を通り過ぎる一瞬だけで、通り過ぎてしまった後ろ姿には手をかけられない。あの頃の私は、その言葉を何度も頭の中で繰り返していた。自分の愚かさを確認するために、わざわざナイフの刃を指でなぞるみたいに。
逃した魚は大きい。戻ってこない。
私が海外に行けるというチャンスは、もう戻ってこない。
そう思うと、悔しくてたまらなかった。
悔しい、という言葉では足りないくらいだった。胸の奥の方に、熱いものと冷たいものが一緒に溜まっていく感じがあった。仕事帰りに電車の窓に映る自分の顔を見ながら、私は何度も同じことを考えた。どうして私はいつも、後になってからしかわからないのだろう。どうしてその場で、もう少し賢くなれないのだろう。胃が締め付けられる気がして、なにも食べる気がしなかった。
そして、その後悔は、やがて一つの決意に変わっていった。
これは失敗で終わらせたくない。
私はそう思った。
起きてしまったことは、もう取り消せない。韓国行きの話が戻ってくるかどうかもわからない。たぶん戻ってこない。ならばせめて、この出来事を、ただの失敗にはしたくなかった。
この選択があったからこそ、今の自分の幸せがある。いつか本気でそう言えるようにしたい。今はただの負け惜しみだとしても、後から振り返ったときに、あのときの決断は英断だったと言えるように、自分の人生のほうを動かしていくしかない。
そのころ、私の頭の中には、一人の男性のことがあった。
彼と会ってから、まだ一か月しか経っていなかった。
出会ったばかりの相手に対して、運命だのなんだのという言葉を使う気にはなれない。そういう言葉は、私にはいつも少し眩しすぎる。けれど、韓国に行くという話が現実味を帯びたとき、私はふと、彼のことを思い出したのだ。もし本当に行くことになったら、しばらく会えなくなるのか、と思った。そのときに初めて、自分が彼と離れるのを惜しいと感じていることに気づいた。
いい人に出会えたな、と思った。
たったそれだけのことだった。燃え上がるような恋心ではなくて、まだ輪郭の薄い感情だった。でも、私が何かを断る理由のひとつとして、その人の顔が浮かんだという事実は、後から考えると小さくなかった。
あの時の私は、それを自分でもうまく言葉にできなかった。
だから韓国行きを断った理由を説明するとき、私は仕事のことを主に話した。仕事内容が違ったから、と。それは嘘ではない。たしかにそれが理由だった。けれど、それだけではなかったのだと思う。私はまだそこまで好きではない、と思っていた相手に対して、すでに何かを感じ始めていたのかもしれない。
ただ、そのときの私はそんな繊細な自己分析よりも、後悔で頭がいっぱいだった。
それで、ある日、私は半ばやけくそのような、けれど本気の決意をした。
もうどうでもいいから、結婚しよう。
もちろん本当に「どうでもいい」わけではない。むしろ逆で、それまで自分が結婚にまつわる条件として大事だと思い込んでいたことが、急にどうでもよくなった、という意味だった。
学歴とか、家柄とか、誰にどう紹介するかとか、結婚式をどうするかとか。そういうものを、私は知らないうちにたくさん背負っていた気がする。結婚という言葉を考えるだけで、先にそういう面倒なものがずらりと並んで、私はいつもそこで立ち止まってしまっていた。
そもそも、私は長いあいだ、結婚したいと思ったことがあまりなかった。
恋愛をしたことがないわけではない。誰かを好きになったこともある。人に触れたいと思うことも、触れられて安心したいと思うこともある。一人で生きていけない、というほど弱い人間ではないつもりだが、それでも、一人で生きるというのは時々、想像以上に乾いている。そういう種類の寂しさは、ずっとあった。
でも、その寂しさがそのまま「結婚したい」という方向には向かなかった。
今になって思うと、その理由の大きな部分は家族だったのだと思う。
家族仲が悪い、というと少し違う。絶縁しているわけでもないし、憎んでいるわけでもない。けれど、良いとも言えない。私は長いあいだ、家族と距離を置いてきた。一緒にいるのがつらかったからだ。
家族の前にいると、なぜだか自分が小さくなる感じがした。実際に何か責められているわけではないのに、責められている気がする。比べられているわけではないのに、比べられている気がする。過去の自分に戻されるような、息のしづらさがあった。
だから私は、家族との距離を保つことで自分を守ってきた。
その距離のまま生きていくことはできる。実際、私はそうしてきた。仕事をして、一人で生活して、たまに友人に会って、本を読んで、気が向いたらどこかに行く。暇で退屈で、本当にくだらないと思う日もあるけれど、それでも一応、生活は回る。
もし誰かを好きになったとしても、わざわざ結婚しなくてもいい。家族に紹介しなければならないような段階まで行くくらいなら、そこまで深く関わらなくていい。私はそういうふうに思ってきた。結婚するとなると家族に話さなければいけない、と思うだけで、体がよじれるような気持ちになった。面倒だし、こわいし、考えたくなかった。
ところが、ここへ来て、その家族との関係が少しずつ変わり始めていた。
劇的な和解があったわけではない。ただ、食事を一緒にする機会があった。歓迎の場のようなものがあった。今度は職場の家族向けのイベントに、私の両親を招く話まで出ている。ひとつひとつは小さな出来事だ。でも、そういう小さなことの積み重ねの中で、私は「あれ」と思い始めていた。
もしかしたら、家族に紹介するくらい、別に何てことないのかもしれない。
そう思えた瞬間が、たしかにあった。
結婚式を盛大に挙げる必要はない。親戚中に知らせて回る必要もない。誰かの理想の家族像に合わせる必要もない。ただ、私が選んだ人と生活を始める。それだけなら、できるかもしれない。
その「できるかもしれない」が、私の中では大きかった。
人生は、長いあいだ何も起きないように見えて、動くときには短い期間にまとめて動くことがある。あの頃の私は、まさにそういう渦の中にいた。韓国行きを断った後悔。家族との関係の微妙な変化。出会って一か月の男性。どれも別々の話のようでいて、私の中では一本の流れになっていった。
これは今、私の人生のターニングポイントなんじゃないか。
そういうふうに、私は半ば強引に結論づけた。強引でいいと思った。人間はたぶん、変わるときにいちいち整然とはしていられない。
だから私は、これからのスケジュールを勝手に組み始めた。
三月にデートをして、その流れで、うまくいけば両親に紹介する。三月末くらいに婚姻届を出す。会社にも報告する。五月には仕事も少し落ち着くだろうから、新婚旅行に行く。
書き出してみると、あまりにも勝手で、あまりにも具体的で、私は自分で少し笑った。こういうことを考えている自分が信じられなかった。ついこのあいだまで、結婚なんて、自分とはあまり関係のない制度のように感じていたのに。
でも、思ったのだ。人生を動かすとは、こういうことかもしれない、と。
待っていても、正解は降ってこない。何が正しかったかなんて、後になってみなければわからない。だったら、自分で選んだものを、後から正解にしていくしかない。
その頃の私は、キャリアに対して少し諦めがついたような気分でもいた。
諦め、という言葉は少し違うかもしれない。未練が消えたわけではないし、仕事をどうでもいいと思ったわけでもない。ただ、断った件で大きく後悔したことで、私の中で何かが一度折れたのだ。自分が思っていたようには、人生はうまく進まない。仕事で取り返そう、キャリアで証明しよう、と肩に力を入れ続けることに、少し疲れてしまったのかもしれない。
そのぶん、意識が別の方向を向いた。
仕事でうまくやることより、自分の人生そのものを動かすこと。誰かと暮らすこと。日々を一緒に回していくこと。そういう、これまで私はどこかで「後回しにしてもよい」と思ってきたものが、急に現実の選択肢として前に出てきた。
そして、ある日のデートで、私は彼に言った。
結婚しよう、と。
言ったのは私の方からだった。
場所は駅から少し離れた、静かなカフェだった。休日の午後で、店の中は混みすぎてもいなくて、空きすぎてもいなかった。隣のテーブルの会話は聞こえないけれど、食器の触れ合う音や、コーヒーを淹れる音はちゃんと聞こえる。ああいう、誰かの生活の気配だけがある場所が私は好きだ。
彼は私の向かいに座って、カップの縁を指で持ちながら、私の話を聞いていた。
私が勝手に喋って、勝手に疲れて、コーヒーが少し冷めたころに、急に思ったのだ。今言ってしまおう、と。
別にロマンチックな雰囲気でも何でもなかった。窓の外には普通の歩行者がいて、店内には普通の音楽が流れていた。けれど私の中では、その時だけ、空気が少し澄んだ。
「結婚しようか」
自分の声が、思ったより落ち着いて聞こえた。
彼は数秒黙って、それから少し笑った。
「それ、プロポーズ?」
その言い方があまりにも穏やかで、私は拍子抜けして笑ってしまった。緊張していたのかどうか、自分でもよくわからなかった。ただ、言ったあとの方が気持ちは静かだった。
「うん、たぶん。私は、そういうつもりで言ってる」
彼はすぐに大げさな反応をしなかった。驚いて椅子から立ち上がることも、冗談だと思って流すこともなかった。少し考えるように視線を落としてから、顔を上げて言った。
「いいと思う」
それから彼は、間を置いて続けた。
「急だなとは思うけど。でも、いいと思う。一緒に住むのも」
私はそのとき、すごく感動したわけではない。涙が出たわけでもない。映画みたいだとは全然思わなかった。むしろ、ああ、話が通じた、と思った。
それがたぶん、私にはいちばん大事だった。
私は四十歳で、別に結婚まで何年もかける理由はないと思っていた。嫌なら別れればいい、というくらいの、半分は投げやりな気持ちもあった。でもそれは、人を雑に扱っていいという意味ではない。これ以上、幻想に時間を使わなくていいだろう、という意味だった。
私は大恋愛を否定しているわけではない。ただ、自分には、ああいう燃え上がるような物語は似合わない気がしていた。四六時中見つめ合って、離れている間も相手のことだけを考えて、というような恋愛は、きっと世の中のどこかにあるのだろうけれど、私には想像しにくい。
その代わり、私は別のことを信じていた。
人は「好き」と言っていれば、だんだん好きになる。言葉にしているうちに、愛着が育つ。最初から完成された愛がどこかにあって、それを見つけるのではなくて、一緒に暮らしながら、少しずつつくっていくものなのではないか。
快適に暮らせる相手なら、それでいい。
誤解されやすい言い方かもしれない。快適という言葉は、どこか温度が低く聞こえる。でも私にとっては、快適さはかなり大事な愛の条件だ。無関心という意味ではない。干渉しないという意味でもない。相手を尊重しながら、自分も息ができる距離があること。その距離がうまく取れること。
彼とは、その距離感が合いそうだと思った。
返信の速さがちょうどいい。黙っている時間が苦ではない。私が仕事の話をしても、必要以上に評価したり分析したりしない。逆に彼の話を聞いているときも、私は変に張り切らなくて済む。自分をよく見せようと力を入れなくても、会話が続く。
そういうことの積み重ねを、以前の私は恋愛として数えていなかったかもしれない。けれど今の私は、むしろそういうものこそが、一緒に生きるうえで重要なのだと思えた。
店を出たあと、駅までの道を歩きながら、私は現実的な話をいくつかした。住む場所はどうするか。仕事の都合はどうするか。お互いの生活リズムはどのくらい違うか。誰がどの家電を持っているか。驚くほど生活感のある話だった。けれど、その生活感のある会話をしながら、私は不思議と気分が良かった。
人生が、ちゃんと地面の上で動いている気がした。
それまでの私は、どこかで人生を観念の中で扱いすぎていたのかもしれない。こうあるべきとか、こう見られたいとか、こういう経歴ならこう進むべきだとか。頭の中で作った人生の設計図を握りしめたまま、実際にはなかなか動かなかった。
けれど、韓国行きの話を断って、それをひどく後悔して、そこから無理やりでも意味を作ろうとしているうちに、私は少し変わった。設計図どおりでなくてもいい。むしろ、設計図を一度破ったあとに、別の道を歩いてみることのほうが、今の私には必要だった。
あのときの決断は英断だった。そう本気で言えるようにするには、あの決断のあとを生きるしかない。
その意味で、私の結婚は、恋愛の結果というより、人生の舵を切り直した結果なのだと思う。
もちろん、こんなことを書くと、彼に失礼だと言う人もいるかもしれない。彼が「誰でもよかった」みたいに聞こえる、と。でもそれは違う。誰でもよかったわけではない。彼だったから、私は自分の生活を現実として組み替える想像ができたのだ。彼だったから、家族に紹介することを「身悶えするほど嫌なこと」から「まあ、やってみてもいいこと」へと少し変えることができたのだ。
人を好きになる気持ちは、雷に打たれるみたいに始まることもあるのだろう。でも、私の場合はたぶん違う。ゆっくり染みていくように始まる。最初はほとんど無色透明で、それが時間をかけて少しずつ色づいていく。私はその速度の恋愛しか知らないし、それでいいと思っている。
結婚したあとも、私は相変わらず仕事に行って、帰ってきて、洗濯をして、食べて、眠る。劇的に人生が変わったわけではない。突然、生まれ変わったように前向きになったわけでもない。今でも時々、韓国行きのことを思い出す。もしあの時、違う選択をしていたら、私はどんな生活をしていたのだろうと考えることもある。
たぶん、これからも考える。
でも今は、その想像に前ほど飲み込まれない。
選ばなかった人生を思うことと、選んだ人生を生きることは、両立するのだと、私はようやく知った。あのとき海外に行っていたら得られたかもしれないものを想像しながら、それでも今ここで、隣にいる人と夕飯の相談をする。そういうふうに人は生きられる。
以前の私は、何かひとつを選んだら、他の可能性を完全に捨てきらなければいけないと思っていた。未練を持つのはみっともないと思っていた。けれど、未練があってもいいのだ。後悔があってもいい。そのうえで、自分の足元の生活を大事にしていけばいい。
そう考えられるようになったのは、結婚したからかもしれないし、結婚しようと決めたからかもしれない。あるいは、韓国行きを断って、散々後悔したからかもしれない。理由はひとつではない。人生はたぶん、そういう複数の理由でしか動かない。
家族との関係も、まだ「解決した」とはとても言えない。相変わらず、会う前には少し身構える。言われてもいない言葉に勝手に傷ついて、帰り道にひとりで疲れることもある。けれど以前のように、絶対に近づきたくない、とは思わなくなった。自分の人生を自分で選べるという感覚が少し出てきたからかもしれない。家族の前で昔の自分に戻りそうになっても、今の私は今の私だ、と踏みとどまれる瞬間が増えた。
結婚は、私にとって、誰かの娘であることから自由になるための制度ではない。家族を捨てるためのものでもない。ただ、自分の人生の単位を少し変える出来事だった。親の物語の延長ではなく、自分の生活を自分で編んでいくための、ひとつのきっかけ。
それを私は、たまたま四十歳でやった。
遅いとも早いとも思わない。ただ、その時だったのだと思う。
人生が動く時には動く。
本当にそうだ。長いあいだ、何も起きないように見えた日々の中で、私は退屈だとか、くだらないとか、どうせこのままだとか、そんなふうに思っていた。いつ死んでもいい、と思うような日もあった。大げさに絶望していたわけではない。ただ、あまり積極的に生きていたわけでもなかった。
でも今は、少なくとも、そういう気分ではない。
明日がすごく楽しみだ、と胸を張って言えるほど明るくはない。相変わらず不安もあるし、面倒なこともあるし、仕事で落ち込む日もある。それでも、前より少しだけ、自分の人生に手をかけている感覚がある。流されるだけではなく、自分で動かしたという感覚がある。
それは私にとって、かなり大きな違いだ。
だから、私はこう書いておきたい。
韓国行きを断ったあの日の私へ。
あなたはたぶん、しばらくひどく後悔する。自分を馬鹿だと思うし、何度も思い出しては苦しくなる。もっと上手くやれたんじゃないかと、何度も何度も考える。
でも、その後悔は、あなたを終わらせない。
むしろ、少しだけ動かす。
あなたはそのあと、家族との距離を測り直し、出会って間もない男の人に自分から結婚しようと言い、思ってもみなかった形で自分の生活を組み替えていく。あのとき見えていた成功とは違うけれど、あれはあれで、ちゃんとあなたの人生だったと思える場所へ行く。
英断だった、と胸を張って言えるかどうかは、まだわからない。
でも私は今、その途中にいる。
そしてその途中にいる自分を、前より少しだけ、信じている。
私は結婚しました。
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